PB1400復活? 1999.2.3
実は、昨年暮れのクリスマスイブの日に、
コーヒー好きの私はPB(パワーブック)にもコーヒーを飲ませたところ
意外にも?コヒーが大嫌いらしく、具合が悪くなって、正月早々入院をしました。
手術の必要があるそうです。(マザーボードだと)
それからは、家でメールを落としてもらっていたのですが昨日めでたく退院の知らせ。
あと2日で帰宅なので、我慢すればいいのだけれどそのまま出先へ宅急便で転送してもらい、
今日朝一(AM7:00)で、喜多方営業所に出迎えに行きました。
お〜!会いたかったぞ!!久々の再開に涙、涙でした。。。

と思ったらメモリーが64Mあるはずが、54Mしかないぞ!ありゃりゃ???
電話をしてみたらマザーボード交換の時、そこに着けるはずのメモリーを忘れたらしい。。。
で、また入院です。トホホ・・・。でも、今回は早く退院できるかな?


実録!浦佐スキー場事件! 1999.2.のある日
第一章「私は見た!!」

私が、あるオフ会でスキーに行った時の事件である。
私は「歴史の目撃者」として、事実を記述しなくてはならない。
そう、これはノンフィクション「実録」なのだ。

ちょうど調子もよくなって来た。
「さあ、もう一本行くか。」と、私はリフトで“ある女性”と並んだ。
二人は、乗車位置に歩み寄る。
すると“彼女”は、私の1m以上先まで行って止まった。
リフトが来て私が座ると、1m以上先に居る“彼女”は
なぜか後ろも見ず、私と同時に座ってしまったのだ。
そこにはリフトは、と〜ぜん無く。。。
「ぎゃぁ〜〜〜〜〜っ!」 スッテンコロリン!!バタッ!!
“彼女”は「大の字」なって、仰向けに寝てしまった。
そこへ私の乗ったリフトは“彼女”の目の前を(上を)通過した。
リフトはすぐさま停止し、周りの人々は静まり返った。
すると、係りの人が「ぎゃっはっは!だいじょぅ〜ぶぅ〜!」
と大笑いをしながら歩み寄った!!
私も馬鹿笑い。。。周りの人々が心配する中で、なぜ?二人は笑っている???

否々!!
それほど“彼女”がぶざまに転げたのだった。
周りの人あが静まり返ったのは、実は「心配」していたのではなく
「何やってんだこいつぅ〜!リフト停めやがって!!」
だったのは、言うまでもない。


二章「再び見た!!」

そのスキー場は、2本のペアリフトが平行してある。
左リフトに“2級バッチの女(仮称)”と“ジュニア(仮称)”が、
私は“ヒヒンの男(仮称)”と右リフトに乗る。
その後ろに“眠い女(仮称)”とあの事件のオレンジの“彼女”が並ぶ。
はるか前に“幹事の男(仮称)”が乗っている。

私達がリフトに乗り、すぐに左のリフトが停止した。
と同時に、私達の乗ったリフトも停止するじゃあ〜りませんか。
振り返ると、左のリフトには“ジュニア”が横たわっている。
右のリフトの前に横たわっている不様な姿は、どこかで!どっこかで見たウェアーだった!
そうっ!!こっちのリフトを停めたのは
またしても、またしても、あの!あのオレンジのウェアーの“彼女”だったのだ!!!

そりゃ〜、しかたないっすよ。“ジュニア”は、小学校1年生でスキー3日目ですから。
しっかし!“あの事件の彼女”は、1日に、同じ右リフトを2度も停止させたのだ。

“あの事件のオレンジの女”は「右のリフト恐怖症」になっていた。
以来、左のリフトしか乗っていない


第三章「記録樹立!自己更新!」

スキー客も減ると、片一方のリフトを運転を止めるのはどこのスキー場でもあることだ。
左のリフトの改札を閉め、右のリフトしか動いていない。

“あのオレンジの女”は心の中で動揺していた。
「右リフトだ。今度は失敗しないように、早く乗らなきゃ!」
(“彼女”はこう考えていたに違い無い)
「ピンポ〜ン!」(リフトの乗車合図の音)
「今だっ!!」
「ザザァ〜!」(ダッシュする“彼女”のスキーの音)
“彼女”は勢い良く前に出た。
が・・・!リフトは、またしても停止した。。。
「なぜ?なぜ??なぜ???」
ペアリフトなのに、そこには3人の人間がいた。
前の人が乗っていないのに、早く出過ぎてしまったのだ。

「ねぇ。また“彼女”?」
近くに居た“バッチの女”は、空かさず私に・・・。
「ねぇねぇ。今度は誰が停めたの?」
と“ジュニア”は、リフトを降りた所で周り中に聞こえる大声で私に問いかけた。。。

“オレンジの女”は、
「1日に同じ右リフトを3度も停止させた記録」を樹立した。


あと1週間で。。。 1999.2.19
個展まであと約1週間になりました。新作も4点出来ました。でもあと1点出来てません。
「え゛っ!これから?」なんて言わないで。。。
ポスターを作ったり、案内状を作ったりで、毎日深夜までやってました。
おかげで、アンメルツヨコヨコ君と、とってもお友達になりました。

差し入れ「おぎのやのお弁当」 飯田アートハウス開催中の出来ごと 1999.3.1
それは、個展初日だった。
“T 婦人(仮名)”が来てくれた。こっちにも家があるらしい。
“T 婦人”は帰り際「明日もくるからね。」と言いながら
「そうそうこれ。食べてね。」と、心暖かい差し入れを頂戴した。
「何だろう?」と袋から取り出すと、“おぎのや”のパッケージ。
“おぎのや”と言えば、“峠の釜飯”が余りにも有名なのは、周知の事実である。
何しろ全国の駅弁で、長年にわたって不動の第2位だったのだから。

しかし、釜飯ではないのはすぐに解った。釜飯でないとすれば・・・。
形は、六角型で厚さがわずか3cmくらいのものである。
なるほど!“T 婦人”なればこそ!と思えば、“ちょっとお洒落なお弁当”と想像はつく。

さっき昼食をすませた僕は「夕飯にしよう♪」と考えた。夕方、お腹がすいてきた。
でも、“ちょっとお洒落なお弁当”があるので今日の個展閉場時間まで待たなければならない。

夜になって、“K 氏”が来た。話がはずみ、個展が終わり“K 氏”夕飯をいっしょに行った。
まずいことに私は、“ちょっとお洒落なお弁当”のことを忘れていたのである。

気が付いたのは、次の日の朝だった。
こっちへ来て朝食はコンビニで買っていたのだが、
「せっかく頂いたのだから食べなきゃ。」と思い、今日は野菜ジュースだけ買った。
「さてと。。。」
ジュースの口ををあけ、一口飲む。そして、“ちょっとお洒落なお弁当”の蓋を開ける!
すると、中には可愛らしい“まんじゅう”が!!!

どうやら“おぎのや”は、弁当以外のものも作ってるらしい。
それを今日、思い知った私でした。

じゃんけん 近場に商売に出て 1999.12.2の話
13〜14日、長野市内の篠ノ井に僕はいつものように商売に出た。
今年は例年の場所とずれて「バナナチョコ」のお店の隣だった。

この町はあまり営業成績の良いところでは無い。
あんまりにも暇をもてあましている僕は、否応無しに隣のお店の売り言葉が聞こえる。
「一本200円だよ。じゃんけんしたら300円!」「勝ったら2本だよ。」
じゃんけんに勝ったら「おまけ」になる店はよくあることだ。
僕はいろんな町のお祭りに行くのでテキヤさんに聞いたことがある。
勝ちと負けはどっちが多いか‥‥‥。
じゃんけんは「5分5分」だそうだが、少し売り上げが伸びるそうだ。

僕は、否応無しに聞こえる「じゃんけんの声」に目が行き、そして何気なく眺めていると、
必死にバナチョコを作りながら商売しているのだが、
いっこうに店先にならべるバナチョコが増えない。
そう、隣の店の人は負けてばかりいるのだ。
子供たちには「あのバナチョコの店でじゃんけんで勝って2本もらった。」
と言ううわさがいち早く広まる。
僕のイメージだと、8割方負けていた。
お客はひっきりなしに来るのだから、そりゃ〜売り上げは上がっただろう。
しかし、儲けになったかどうかは定かで無い。



トップページへ

ご質問、ご感想などは、←メニュー“お問い合せ”のメールフォームからお願い致します。

無断転載、絶対禁止!
全てのコンテンツの著作権は夢家族に帰属します。
営業行為に属するもの、個人使用でも著作権を侵害する行為については許可が必要になります。使用の際は、御相談下さい。